この国の国民は一般に語学がつたない。大学に行くまでいったい何年勉強しているのだろうか?どれだけの労力と金をかけているのだろうか?そしてその結果みについた力はどれほどなのだろうか?恐ろしいことにその実、われわれが学校や受験でいいだけやることになる英語の勉強は、英語を母国とする人にはまったく通用しない、おかしなものだったのだ。
中学、高校、大学と10年以上かなりの勉強量だ。国民はなんだかんだで努力している。子供はがんばって英語を勉強している。しかし、この方法が限界をきたしているのは歴史が証明している。誰一人、英語を話せるものはいなかったのである。身の回りにいた優等生の英語力を想像してみてください。外人や帰国子女たちと比較してどうでしたか?
それもそうだ、これは当然だ。なぜかわかるだろうか?
受験が読み書きに偏りすぎなことに加え、教えている教師がそもそも英語を正しく発音できないし、ようするに体得していないからだ。
公教育がだめなのは英語に限った話ではないが、特に英語がひどい。
本来誰でも見につけられる能力のはずなのだが。
個人的な話だが、大学で韓国人の留学生と同じ授業でいろいろ話す機会があったが明らかに韓国人のほうが英語力がある。韓国のやり方のほうが優れているのだろう。残念だが、これは学生時代(東大)での実話である。周りの東大生もぜんぜんだめ。私も英検準1級をもっており多少自信があったが、まったくお呼びではない。自信を喪失した、というかいままでのやり方がおかしなものであることに気づいたのだ。だまされてきたことに憤りを覚えた。センター試験満点、2次試験8割できる実力でこのざまだから、悲惨としかいえないw。国家的詐欺である。
しかし、人から教わらないで語学を身に着けることなどできないように思える。
要するに普通の日本人には不可能なのが現実だ。認めたくはないがこれが現実だ。
TOEICも所詮アジア人向けのビジネスだ。完全に商売です。たとえ満点とっても、実質600点くらいの人と大差ないとも言われる。これも知らされず必死で勉強している日本人の如何に多いことか。悲惨である。国民的詐欺だ。はやめに損切りするのも手である。間違いなくできるようにはならない。うそだと思ったらTOEIC高得点者の話す英語を聞いてみるといい。ただボーボーいってるだけで、ゆがんでいて耳をふさぎたくなる。また悲惨なエピソードだが、上智で英語を選考した知人が話していた英語もまたつたなかった。これもTOEICはすごい点を取っていたようだが、まったく日本人的な状態で、得意になっている様には目も当てられなかった。気持ち悪いとすら思ってしまった。本には申し訳ないが、でもこれが実態だ。
これは行き過ぎた形式主義だ。大学全入時代と同じ理屈が成り立つ。ようするに所詮ビジネス、商売だということだ。学校は当然としても、英語ビジネス的なやり方ですら結果は保証されないのが実態。
というか恐ろしいことに、そもそも学校教育の目的がネイティブレベルの人材育成ではないこともある。そもそも育てる気はないことが正式に決められているので、期待するほう実は間違いだ、などといわれて納得がいくだろうか?これなら勉強しないほうがよかったなんてことになる。
だからようするに、英語を身につけるにはまずは中学、高校の学校(受験)英語と決別する必要がある。もちろんこれは始まりにすぎないが、ゴールできるスタート地点には立てる。受験感覚のままだと無限ループに入ったまま人生がおわるという恐るべき失敗が待っている。
受験予備校の講師とかはひどいつたないやついるよね。有名講師とかいってあおっているのを見るとやりきれなくなる。本当に恐ろしいことだ。私の経験であきれたのは、ある講師が犬とダチョウを区別して発音できていないレベルだったことだ。さらにひどいことにこやつは自分が京大卒であることを常に鼻にかけており自信満々だったのだが、これがカリスマねぇ。子供だましの詐欺である。ああ恐ろしい。さすがに英会話スクールは大丈夫だった。私はイーオンに1年間所属したことがあるが、ここの日本人講師の質は高かった。信頼できるレベルだ。逆に外人講師はだめだった。まぁようするに凡人でただ外人だから雇われているだけといった感じだ。だが、これもただそれだけで、英語を体験する時間的な総数がまったく足りないため、これも不可能な道である。やめたとたん全部揮発します。
まぁ結局実務英語に関しては、帰国子女だの海外長期生活だの、この手の人々に任せて置けばいいのはまぁ確かで、実際企業や公務員試験でさえも、この手の経験者しか採用しないのが実態であるようだ。はは、これを知ったらいやになりますね。まぁそうですよね。できないですもんねぇ。責任問題になる前に手を出さないことこそが実は賢いですよね。究極的にはできないことをやり続けるのは馬鹿ですね。努力だなんていってるのは本人だけで、結局技能なんだからどうにもならない。英語話せても特段えらくはない。リスク管理、システム監査の観点ではね。
だがこれでも納得いかない場合は頑張るしかない。とにかく、受験勉強のようなお勉強は一切不要。こんなことやってで身に着けたものは一切役に立たない。学校で教わった数学や理科なんて一切役に立たないのと同じ。現実とずれすぎもいいところだ。変な文法学者のような、でも実はかたよったち式しかない受験英語奇人が大発生しているのが恐ろしい。国はこんなの放置していて何もしないが、なんてことだろう。インテリではない、ただの受験オタクなどどいったら、オタクということばがかわいそうであるほどだ。
一方、自分で打ち込みやって実際にリンクやコンパイルなどを行い、正しい方法で経験を増やしつつ苦労しながら見につけたようなプログラミング技能は実際に即役に立つ。そろばん、習字、靴ひもの結び方、自転車の乗り方など、このようにやってはミスし、からだに覚えこませるしか人間はそもそも学習できないのである。
学校感覚がどうせ抜け出せないのも事実。ならば小学生の感覚、小学校で教わる程度がまだいいだろう。数学より算数のほうがぜんぜん役に立つ。数学ではなく、算数的感覚で身に着けてゆくべきだ。
私が見つけた最高に役立つ方法は、海外のゲームをやることで英語でレスポンスする感覚を体験することだった。PCやプレイステーションなどのソフトはいまや海外のものが用意に入手できる。これを利用するのがよい。英語で応答する感覚は、快感である。英語の生の感覚が味わえる。
ただ音声を聞くだけ、文章を読むだけではなく、。英語で質問されこれに答えることで相手の行動が変わったり、英語でゲームの進行が進んでいくのを体験する、自分の行動に対して敵キャラクターが反応する様子を確認する、何を言ってくるかを聞く。まけると腹が立つ。勝って倒すと敵が死に様に何言うか聞く。なるほどと思う、など、このようなことで言葉の正しい使い方がわかってくるはずだ。
リスニング、リーディングなどといった英語を切り貼りして劣化させたようなもので身に着けようものなら、切り貼りしたような見てくれの悪い悲惨な状態になったとしてもおかしくはないのである。
まぁ、試験での点とか日本人的な評価基準とかはどうでもいいと思える心境が必要です。